協会誌巻頭言
当協会について熊本における精神保健福祉の先人たちの取り組み
公益社団法人熊本県精神科協会 理事 酒井 透
昨年,令和7年5月から熊精協の理事を拝命致しました。そこでは理事会の他にいくつかの委員会や部会に所属しておりますが,その中の1つに公益事業委員会があります。現在,公益事業委員会での主な議題は『熊本県あかねの里』の今後についてであります。
諸先輩方は既にご存じであると思いますが,『熊本県あかねの里』の基本的な成り立ちについて,ここで改めて皆さまにお伝えしたいと思います。
1964年(昭和39年)3月24日に起こったライシャワー事件以降,その翌年に行なわれた精神衛生法改正や当時の精神障害者の隔離や排除を求める世論の影響から1960~70年代において民間精神科病床の急増とそこでの収容主義的な流れが醸成されたわけですが,その副次的な産物として全国各地の精神科病院での様々な不祥事が明らかとなり,この極めつけともいえる事件が1984年(昭和59年)3月に発覚した報徳会宇都宮病院事件でありました。この事件は国際的にも反響を呼び,以後退院や社会復帰促進を謳った精神保健法や精神保健福祉法の施行へと続いていくわけですが,当時は患者さんが退院しても家族以外の地域で受け皿はほとんど皆無でありました。そのような時流のなか宇都宮病院事件の3年前の1981年(昭和56年)1月に「熊本県あかね荘」(定員50名)が精神障害者社会適応施設として誕生しました。当時の熊精協では既に1970年代後半から「社会復帰施設が必要だ!」といった機運が高まっており,熊精協の各会員病院から100万円ずつ拠出して頂いて,現在の熊本市東区戸島の地に用地を購入し,その土地を熊本県に貸与して県が「熊本県あかね荘」を開設。熊精協が施設を運営するといった公設民営方式がとられました。熊精協各会員からの拠出金に関して,熊精協初代会長の故日隈和夫先生は「会員の患者に対する愛情がそうさせたのだ」とおっしゃっていたそうで,以前からの熊精協の団結力を示したエピソードの1つです。その後,1994年(平成6年)4月に通所授産施設「熊本県あかねワークセンター」(定員30名)と福祉ホーム「熊本県あかねホーム」(定員10名)を併設し,『熊本県あかねの里』が完成しました。当時は退院後の患者さんの社会復帰をサポートする施設が全国的にほとんどないなかで,先進的な取り組みとして俄かに注目を集めました。それから2006年(平成18年)4月からは,県が指定管理者制度を導入しましたが,引き続き熊精協が運営を継続。2008年(平成20年)には「熊本県あかね荘」は自立訓練(生活訓練)事業所(定員40名:現在実質定員29名),短期入所事業所,相談支援事業所として,「熊本県あかねワークセンター」は就労継続支援B型事業所(定員30名)として障害者自立支援法により運営することとなりました。2010年(平成22年)4月には『熊本県あかねの里』の民営化に伴い,事業全体が熊精協に引き渡され,「熊本県あかねホーム」が福祉ホームから共同生活援助事業所(グループホーム)へ移行。2012年(平成24年)4月には熊精協が公益社団法人となり,現在『熊本県あかねの里』は熊精協の公益事業の大きな柱となっています。
現在,『熊本県あかねの里』は「断らない福祉」を掲げて倉永里長の下,日々頑張っておられますが,こちらの各事業は,元々統合失調症の慢性期の患者さんを想定したモデルであり,昨今の軽症化した統合失調症や自我障害を伴わない双極性障害やうつ病患者さんの社会復帰へのニーズにどの程度応えられるのかといったところは,皆さん多かれ少なかれ感じておられることと思います。また『熊本県あかねの里』が出来た1990年代当時と比べると,現在は県内の各地域でもグループホームや就労継続支援事業所がいくつもあり,相対的なニーズが減少していることもご承知の通りと思います。ただ先にも述べた通り,『熊本県あかねの里』は熊精協の公益事業の大きな柱の1つです。熊精協会誌貮百號の記念座談会にご参加の各先生方も述べられていた通り,今後『熊本県あかねの里』をどのような方向に導いていくのか,熊精協の会員の皆さんと一緒に考えていかなければならない大事な問題であると思っております。
実は,昨年9月11日に公益事業委員会が開催されたとき,初めて委員になった私のために委員会自体を「あかね荘」で開催して頂き,『熊本県あかねの里』の各施設の見学も併せて行って貰いました。ご案内頂いた倉永里長をはじめスタッフの皆さんにはこの場を借りて御礼申し上げます。
施設見学と委員会も無事終了し,外に出るとちょうど夕暮れ時で,たくさんのアキアカネが飛び回ったり,ホバリングしたりしていました。どなたが命名されたのか存じ上げませんが,「わぁ,まさに『あかねの里』やん!」といたく感激し,開設に奔走された先人たちの情熱に思いを馳せながら家路に着いたのでありました。
【参考文献】
・「熊本県あかねの里」― 精神障害者社会復帰施設の32年 樺島 啓吉 日本社会精神医学会雑誌,22:274-281,2013
・熊精協会誌100号記念座談会~語り継ぎたい人・こころ・できごと~ 熊精協会誌 百号記念誌:9-32,1999
・熊精協会誌200号記念座談会 熊精協のこれまでとこれから~この25年を中心に~ 熊精協誌貮百號:11-33,2024
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