協会誌巻頭言

当協会について

不亦楽乎

公益社団法人熊本県精神科協会 副会長 高森薫生

本年5月,日本精神科病院協会熊本県支部長を拝命した。あと三ヶ月で65歳の高齢者となるが,あらたな役割のおかげで若がえりが出来そうだ。駆け出し支部長の立場で思うことを寄書する。

日本精神科病院協会(以下,日精協)は,全国の精神科病院の9割以上の1,170病院が加盟する公益社団法人である。熊本県精神科協会(以下,熊精協)は,日精協の熊本県支部の業務も兼ねている。熊本大学神経精神科,NHO)菊池病院,NHO)熊本医療センター,県立こころの医療センター,熊本市民病院の5公的病院を含み,民間の42病院,23診療所および熊本市こころの健康センター,県精神保健福祉センターの2行政機関の計72の会員を擁する同業者団体である。

一般的に同業者団体は,業界の健全な社会貢献,発展や会員共通の広義の利益を追求するための組織である。主な機能として,補助金や制度改正など最新情報や傾向を共有し,国や自治体に対する質問や要望,政策提言,親睦や共助の体制構築などがある。会費(熊精協300,000円/ 年,九精協36,000円/ 年, 日精協218,000円+ 病床会費=299,400±α円/ 年)を支払っている会員に対し,現在の熊精協(日精協)が前述の役割を果たしているかを執行部は考えなければならない。

私自身が民間病院の管理者として,熊精協(日精協,九精協)に所属して23年になる。ある日,患者を診る一人の医師であると同時に民間病院の管理者,経営者となったとき,事業の継続,社会貢献,そして職員を守る(給与を確実に支払い続ける,つまり生活の保障ほか,大げさだが職員・家族の人権を守ることができる会社組織)という責務が加わり,これができて初めて日常の医療を行えていたことに気づく。職員に余裕と笑顔がなければ,患者さんを支えることはできない。その大切さは,特に熊本地震やコロナ禍など非日常で病院機能維持の指揮を執った経験を通して確信した。想定外の事態では指針とする前例はない。かたちだけのマニュアルは役に立たず,行政に問い合わせても正解は無く,自身の判断に委ねられる。かつ迅速に決断指示しなくてはいけない。家族が隣にいても孤独な眠れない夜を過ごす。そのような時に同じ立場の仲間が存在する。県内だけではなく全国の仲間と話ができることは大変心強い。

近年,公立病院や大学病院はおろか,民間病院の70~80%以上が赤字経営になっている。労働人口の減少流出,高齢化,入院の疾患構造の変化・減少,営利目的の業者の台頭,加えてコロナ禍を節目とした,病床稼働率の極端な低下。この状況は,地震やコロナ禍同様,災害と同様で,公助に期待するより自助を普段から強化する努力が必要である。そのためには,確かな情報が必要となる。財務諸表をみると,医業収益については近年の人件費や物価光熱費高騰,人手不足が顕著な中,他の業種と異なり診療報酬は公定価格であるため,価格転嫁等の企業努力に限界がある。医業外収益に関しては,補助金等,あるいは取引業者とのマージン,金融資産運用等があり,病院による差は大きい。毎年,日精協が出す総合調査報告では,全国の約800病院からの賃金,労務,福利関係票,財務諸表など生の数字を共有することができる。これらの情報は自院の経営戦略を決めるうえで非常に有用である。

令和7年8月7日,日精協全国支部長会のために上京した。各支部で抱えている諸問題について全体で話し合った。山崎会長からは,大学医学部の教授をはじめとした教官の賃金の値上げが必須である話や,一般科病床はおろかアパホテルより安い精神病床の点数を他の入院基本料と比較した図(グラフ1:末尾に添付)が示され,協会一丸となって問題を共有し,ダウンサイジングだけでなく各病院に合った病棟改編,人員配置をできるよう助言された。また7月の参議院選で当選した国会議員から報告があった。入院者訪問支援事業(精神保健福祉法 第三十五条の二)の解釈について,厚労省から説明と謝罪があった。そのほか病床数適正化支援事業,医師確保,措置入院関連など各県で提起されている諸問題が話題となった。情報が過多な時代であるからこそ,どの情報が正しいかを選択し,自院に合った対応をしていかなければならない。それゆえ県支部長として,日精協の多岐に渡る活動の成果物を理事会,院長会に持ち帰り,会員病院へ迅速に伝える責務がある。

支部長会が終わり,新幹線の時間まで数時間あるということで,奈良県支部長の先生と銀座の先生なじみの小料理屋で一献交えた。美酒に酔っても話題はやはり病院経営のことで,経営の悪化(物価光熱費高騰,人員不足),精神科救急,外国人対応,身体合併症対応におけるGP 連携,措置診察,入院の受け入れの困難と偏在,行動制限に関する民事訴訟,反精神医学運動,電子カルテ等含めたデジタルトランスフォーメーション(DX)対応,診療報酬査定(返戻のローカルルール)など,話題は多岐に及んだ。給食の業務委託の話題から先生より,奈良公園の鹿せんべいは50円から200円に値上がりしているが,食事療養費は30年もの間670円据え置きで,国へ提言したが令和7年度に値上げは20円のみとの苦言。人材確保紹介業者の悪行等々。措置入院(熊本では措置診察医や,受け入れ病院の確保に課題)の状況を尋ねると,奈良県は民間病院が県全体で7施設のみで,措置全体の1割弱の対応しかしていないとのこと。大学病院である奈良県立医科大学附属病院が残りの多くを対応。県立大学の精神科自体が熊本でいう県立こころの医療センターを兼ねており,その奈良県立医科大学精神医療センター(精神病床104床)が診ているとのことだった。一方,熊本では外国人の精神科救急における非同意入院等の問題でも公的病院は機能しておらず,現在,大学医局に若手はおろか指導教官も足りず,公的病院に医師を派遣できる状態ではなく,県内の精神科救急は熊精協の会員病院でどうにか対応している。しかし各病院それぞれの事情があり,以前のようにオール熊精協での公平な分担,維持が困難になってきている。同業であるが異なる環境の現状を知ることは,自らの課題解決のヒントになる。会議後の懇親の場だからこそ,久しぶりに顔を合わせて本音で話すこともできる。

店を出てタクシー乗り場に行くと長蛇の列。先生から「GO」というタクシーアプリを教えてもらった。医療の現場のデジタル化は中途半端でかえって仕事が増え実用的でないが,このアプリには感動した。3分で空車が目の前に到着した。目的地も運賃もアプリ内で処理される。アナログな課題を見事にデジタルで解決している。タクシーの車中で,県内で精神科救急や外国人対応等尽力されている菊陽病院の橋本院長が,措置の課題にアプリが使えないかと提案されたことを思い出した。電子カルテの標準化や電子処方箋,マイナンバー保険証等,ソフトもハードもインフラも中途半端な国のDX より,目の前のできることから地域の自治体を巻き込み,デジタル化したほうが有効だと考える。例えば各病院に措置などの受け入れ可能病床の有無を毎朝入力して頂く。保健所職員がアプリを使えば,入院先を調整するのに時間と労力の削減が可能。措置だけでなく外国人対応,小児事例などにも拡張性があると思う。

本年度は熊精協の理事会も,地震やコロナ禍,全国学会と激務の12年間,会長を務められた相澤明憲先生が退任され,荒木邦生新会長のもと若手の新理事が多数就任された。また外部理事の設置が義務付けられ,前県弁護士会会長の河津典和先生に就任していただいた。事務局にはベテランの安河内吾子次長に加え,新しく前田和浩局長と竹原浩太主任が就任された。今後は会員病院だけではなく会員診療所の先生方にとっても同業団体としての価値を向上させなければいけない。

また今春からの熊本大学神経精神科教室における全教官の退職,学生実習対応困難,リエゾンや新患外来中止,病棟閉鎖などの医局崩壊寸前にあたり,異例ともいえる大学病院長から同門会に対して診療支援医師の派遣依頼となった。125年の歴史を持つ熊大神経精神医学教室(熊大体質医学研究所~中毒研究施設~発生医学研究所)は,水俣病,三池炭鉱一酸化中毒後遺症に長年よりそってきた。先人が一丸となって設立した全国初の宿泊型自立訓練事業あかねの里や,国立菊池病院の精神科医療への改編など,県内施設にも苦労して携わってきた。また,統合失調症を始めとする基本的な精神医学の重要なテーマを追求し,高齢社会以前よりアルツハイマー病の基礎研究などの業績を積み重ねてきた。

今回,医局再建のため名誉教授の立場で我々を支え続け,卒寿を迎え今なお現役の宮川太平先生,同門会会長の宮川洸平先生,花輪昭太郎先生をはじめ多くの現役剛齢の諸先輩方に守られて,熊本の精神科医療は歴史を刻んできた。先の地方会では,今後の熊本の精神科医療における提言がなされた。協会も新たな編成となり,歴史と伝統を知り,お互い「信頼」の元,世代を超えて協力しなくてはならない。

この秋,大学医局には新しい教授が就任される。研究の業績,専門以外にも幅広い臨床経験,教育と広範な分野に卓越された人望もある先生と伺っている。

熊精協は今後,大学医局,同門会,協会それぞれの目的,価値観や立場に違いはあっても,精神医療福祉の向上,精神医学の発展,精神科医や多職種の育成,政策医療や行政への協力を実現するため,過去に先輩方が築いてきたように胸襟を開き対話をつづけたい。

そして,現在の時代に合ったかたちで再び三者で一枚岩の強固な連携を取れるように努力していきたい。

 

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